• 本堂
  • 金堂
  • 五重塔
  • 仁王門
  • 鎧坂
  • 七重石塔
  • 奥之院
  • 太鼓橋
  • 弥勒堂
  • 護摩堂

本堂

金堂からさらに石段を登ると本堂がある。ここは真 言密教の最も大切な法儀である灌頂を行う堂で、 真言寺院の中心であるところから本堂、或いは灌頂 堂と言い延慶元年(1308)の建立。五間四方入母屋 造りの大きな建築で、和様と大仏様の折衷様式を示す。 ここでは、火の鳥ジュエリー絵画が展示された。また、
「混声合唱団 コ―ロ・Gui コンサート」も開催され、室生寺は美しい歌声に包まれた。

本堂

金堂

「平安初期につくられた当時は、屋根も今のように〝流れ〞がつかず、堂姿も簡素であり、正面から 上ったらしい。…入口は側面にあって、正面は勾欄がまわしてある。」 ここでは、室生寺に安置される、国宝 十一面観世 音菩薩像、国宝 釈迦如来立像坐像と室生寺の教えが供えられたパネル展示と手塚治虫のブッダと火の鳥のジュエリー絵画を展示された。ここでの火の鳥はLED照明の虹色の光により、いまにも飛び出してきそうである。これは、ジュエリー絵画が宝石により作られていることが関係し、宝石は耐久性と光の透過性が高いことから、比較的長い時に耐えうるとされる。まさに永久の命を象徴する火の鳥を演出するに適したものであろう。また、「山詩水明(真言宗豊山派若手僧侶集団)仏教声明コンサート」とのコラボレーションにより、宗教観を芸術的に表現される。

金堂

五重塔

室生寺地域に伝わる竜神伝説
宇陀市の女人高野「室生寺」の五重塔は、創始者である修円と弘法大師との間に勅命によって祈雨競いがあったとき、修円が飴を降らす竜神を自分の水瓶に封じ込んでいたため弘法の祈りが利かなかった―
―その水瓶が今の塔上の宝瓶だというのである。
この言い伝えを青の光を使って龍を表現することで今に龍神を蘇らせた。 また、ここでは、手塚治虫のブッダと火の鳥のジュエリー絵画が展示された。

五重塔

仁王門

ここでは、朱の門に、赤と青の仁王像はある。
燃え盛る紅葉の炎のなかに立つ仁王像。これから室生寺の神聖な域に足を踏み入れることを知らせるかのように。仁王門の手前の受付には、手塚治虫のキャラクターが集合したジュエリー絵画が置かれ、これから手塚治虫の世界を室生寺の教えと共に伝えるためのスタンプラリーが始まることを知らせる。

仁王門

鎧坂

仁王門をくぐると左にバン字池があり、その少し上に弁才天社がある。室町時代の春日造の小さな祠である。左手の自然石積みの幅広い急な石段は「鎧坂」と呼はばれ、その両脇には石楠花や木々の枝が迫っている。登りですと石段の頂きに金堂の屋根がみえる。室生寺の序章ともいえる美しい景観である。ここでは、手塚治虫の火の鳥ジュエリー絵画が人々を迎える。
ゆらゆらとゆれる蝋燭が鎧坂の一段一段を灯し、人々を光の世界へと誘う。また、ここでは初日に野点が振る舞われた。

鎧坂

七重石塔

奥の院にひっそりと建つ七重の石塔は、境内の中でもひときわ小さい。

奥の院 七重塔

奥之院

五重塔の脇を通って高い石段を登り切ると奥の院。弘法大師を祀る御影堂は大師堂とも言い、板葺き二段屋根の宝形造りで、屋上の宝珠と露盤は優品である。
各地にある大師堂の中でも最古級の堂。

奥の院

太鼓橋

門前に連なる茶店や旅館を過ぎると、清流に朱塗りの反り橋が架かっている。太鼓橋と呼ばれるこの橋をわたると室生寺の境内である。太鼓橋から見える室生寺と門前町は朱に染まる紅葉の光で包まれる。

太鼓橋

弥勒堂

金堂前庭の左手にある三間四方のこの堂は、興福寺の伝法院を受け継いだと伝える鎌倉時代の建築、元は南向きであったのを室町時代に東向きとし、江戸初期
にも改造されている。内部の四本柱の中に須弥壇を置き、厨子入りの弥勒像を安置する。

弥勒堂

護摩堂

太鼓橋のてっぺんにのぼると護摩堂の門構えが見える。この門構えは、中の紅葉に彩られる。

護摩堂