金堂 諸仏 金堂 国宝 十一面観音菩薩像(平安) 金堂 国宝 釈迦如来立像(平安) 金堂 重文 十二神将(鎌倉) 弥勒堂 国宝 釈迦如来座像(平安) 弥勒堂 重文 弥勒菩薩像 (平安初期) 本堂 重文 如意輪観音菩薩像(平安初期) 正御影供
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仏像

金堂諸仏

ここには、奈良~平安時代に創られた諸仏が安らかに眠っている。国宝級の実像の数々を身近で、と感じることができよう、室生寺の心使いで解放している。
それぞれの仏が重ねてきた年月は、その身に神聖なる空気感を纏わせているのではないだろうか。

国宝 十一面観音菩薩像

平安時代 木造彩色 像高196.2cm 金堂安置装飾的で女性的な優しさの漂うこの像の作風は、本尊に近い室生寺様。本尊の本来の脇侍として造られたものと考えられている。八重蓮華座と呼ばれるこの台座は、後世の補作の部分はあるものの、平安前期の様式を良く伝えて美しい。

国宝 伝釈迦如来立像

平安時代 木造彩色 座高234.8cm 金堂安置 「カヤの一材にて、頭頂から蓮肉下の円筒形納(ほぞ)、さらに両手足や天衣・瓔珞(ようらく) までも含めて彫り出される。現在瓔珞の一部を欠くが、共木から彫り出す装身具は、古様な壇像の手法である。両肩にかかる天衣の内側を折り返すこと、背面裳の腰下に一枚の帯状のものを垂らす点、臂釧(ひせん) の形などは珍しい表現である。」『古都巡礼奈良6室生寺』(2009) 綱代智等、河野裕子 淡交社より抜粋。

重文 十二神将立像

鎌倉時代 木造彩色 玉眼 像高95.4 ~ 104.8cm 金堂安置この十二支は、なんとも豊かな表情と愛くるしいお姿に特徴があるのではないだろうか。何とも言えぬ、お顔の可愛さは、間近に近寄らせていただきたいと思ってしまう。
「現在は金堂本尊の前に横一列に安置される。それぞれ頭上に十二支を表す動物をつける。浄瑠璃寺伝来の十二神将像と共通した姿が多く、また興福寺やその関係寺院の神将像と共通する姿も見られる。戌神像は、本像以前にはみることができない十王の冠に似た宝冠を着している点でも注目される。
いずれも檜による寄木造で、素地に白土下地を施し彩色を行い、一部を漆箔とする。作風から制作は南都の仏師により、鎌倉時代中期に行われたと考えられている。近年、卯神像の台座底面に制作時に墨描された人物の顔が二つ、寅神像の台座底綿に「源誉」、未神像の右足納(ほぞ) に「享保十五吉月 宀一山唯密往 第四代密山」の墨書きが発見さされた。」『古都巡礼奈良6室生寺』(2009)綱代智等、河野裕子 淡交社より抜粋。

国宝 釈迦如来座像

平安時代 木造彩色 座高106.3cm 弥勒堂安置檜の一木で彫成した高さ一メートル余りの等身像ではあるが、まことに堂々たる偉丈夫のおもむきがある。
端正な顔容は、智的な美しさがみなぎりリズミカル飜波(ほんぱ) 式の衣文は、ひときわ美事な彫刻の美をあしらわしている。しかもこの像は、完成された飜波式の刀法を示す一好例であるばかりでなく、我が国の平安初期彫像の中でも特に秀でた傑作の一つに数えられることができるのである。

重文  弥勒菩薩像

奈良~平安時代 木造 像高94.4cm 弥勒堂安置興福寺の伝法院を鎌倉時代に移設した弥勒堂(鎌倉時代・重文) の、堂内中央の厨子内に安置された弥勒菩薩(平安初期・重文) は、一木造りの平安初期に流行した壇像彫刻の典型的な作例である。

重文 如意輪観音菩薩像

平安時代 木造漆箔 像高78.7cm 本堂安置本堂内陣の正面に安置されている如意輪観音像(平安初期・重文) は、日本三如意輪の一つ。六本の腕が、自由な身のこなしと調和して美しい。像を安置する厨子の須弥壇はともに鎌倉時代で重文に指定されている。

正御影供

弘法大師が高野山の奥之院にご入定された3月21日(旧暦)のお大師様の報恩の法要が行われる。
室生寺では毎月21日御影供を行っているが、4月21日は正御影供という法要を本堂(灌頂堂)、奥之院で行っている。旧暦の3月21日は新暦にすると4月21日になるのでこの日に正御影供を行っている。
正御影供では本坊から本堂(灌頂堂)と奥之院までの間、室生寺派僧侶、室生消防団、詠歌講、稚児が御練り歩きをします。